2006年5月15日月曜日

祈の会セミナー「坂東三津五郎丈を迎えて

5月14日、日本橋社会教育会館で三津五郎さんのトークがあるというので行ってきました。進行役は伝統文化放送代表取締役社長の金田栄一さんでした。三年前まで歌舞伎座の支配人をなさっていた方で、現在「演劇界」に伝統文化放送の宣伝を兼ねて、コラムを書いていらっしゃるそうです。三津五郎さんは、歌舞伎座の舞台を終えて駆けつけて下さり、7時頃から対談形式で始まりました。



内容については「つづき」に書きます。



先ず、速報です。



★8月の新作舞踊は昔話にある「たのきゅう」を舞踊劇にするそうです。これは楽しみです。きっと面白い舞踊劇に仕上がると思います。



もう一つ、亡き坂東吉弥さんのお孫さんが小吉の名でお目見え、常磐津「駕屋」の駕篭かきに絡む犬を踊るそうです。吉弥さんからよろしく頼むと遺言されたので責任あるとおっしゃっていました。



★次回のお知らせ



6月24日(土)18:30~  於:日本橋社会教育会館



「成駒屋の女形の重み」中村福助



話題になったことを簡単に書いてみます。


○出番の合間が空いた時の過ごしかたについて


気分転換で外に出られる人、楽屋にずっといる人のタイプに分かれます。時間つぶすのに苦労はします。名古屋での失敗談を楽しく話していました。


○手拍子について


團十郎の代役で弁慶をやった時花道引っ込みで手拍子になりましたが、実際どんな気持でしたか。


お客様の気持ちはうれしく思いますが、うれしさ半分、どんなもんかなーと思う半分、弁慶の引っ込みにはしてほしくないですね。印象軽くなる、喜劇的な時には良いと思います。むやみやたらに手拍子というのはどうですかね。


○歌舞伎から離れていると


おしろいがのるかどうか不安に思う、それと舞台に出続けることで身についているものがなくなっていないか、歌舞伎を毎月やっていて身体に着くもの、技術でもない、舞台に立っただけで感じるオーラみたいなものが遠ざかっていると無くなっているのではないかと不安になります。


映画では毎日の予定が不規則です。舞台が有るときは、オンオフのサイクルがあってリズムがあるので、体調が良いようです。


休みの時にはあちこち行ったりできるという良さも感じる。25日間同じことをやる大変さもあります。大体1年に8~9ヶ月は歌舞伎出演、歌舞伎座は平成2年から毎月歌舞伎になったので、以前はお休みだった8月も奮闘公演。勘太郎兄弟息子達は夏休み全く経験したことがないですね。


○ども又の話


今月のを観たら幕切れ花道使わないようですがめずらしいのでは、という質問に、いや舞台で終わるのがスタンダードです、松緑おじさんの教えで、古い役者さんが又平を喜劇的に演じていたのを六代目が原作に戻し、抜けた者ではない人間ドラマにした。ですから舞台で終わるのが本筋です。(私が今まで疑問に思っていたことが分かりました。喜劇的な描写を六代目がリメイクしたと思っていました。反対で六代目が原作に戻したんです)


○お客様の反応が変わってきている


笑う所がかわっている、長屋の生活への共感がなくなっている。日常生活が昔とかわってきたので演じる側も観る側も知らないことが生じている訳です。


阿国と五平を去年やったときに、7年前はかなりひいていたお客さんが、今では電車男とかストーカーの話はむしろタイムリーで受けていた。意外でした。


時代物は基本的に人間模様が同じなので通じる、特に女性は解放されている、お姫様は大胆且つ積極的、江戸時代では実生活でかなえられないから、舞台で夢を叶えられたのでしょう。現代の女性は新派の耐える女には共感覚えなくても、歌舞伎の娘には共感できるのです。


○大河ドラマ、光秀について


秘めたる思い色っぽいというのが従来の光秀と違っている。信長、秀吉と3人色が変わるようにしています。


○映画「武士の一分」について


山田洋次監督、きむたく、だんれい共演。


監督はこだわる方、大井川の河原、決闘シーンのロケではひたすら風を待つ、3日待っていよいよの時は、ようい用意と突然撮影に入る。


○踊り、丸本物、世話物、女形と演じていらっしゃいますが、これから何に力を入れるのか、オールマイティをめざすのか? 


むしろめざさないもの、鳴神 獅子を飼う などを演じた時にステップアップする、点をとろうと思わないのが良いのかとおもいますね。 頂いたお役は断りません。どちらかというと 恋愛ものは苦手で、男と男のドラマ熊谷、弁慶のようなもののほうが好きです。


○伝承の手段としての映像について


映像は観られなかったものが観られる、保存の意味では良いと思いますが、 マイナスの面もありますね。後で観ればよいというので真剣みがなくなる。


「関の扉」など踊ると、役者も常磐津も人から人へ繋いできて今自分の演じている芸があると思うとスゴイ事だと思う。


精神伝えることはできる。ダメなものは淘汰されていく。


時代物は残るが、世話物は危機を感じる。そもそも日常の生活を舞台で再現してくれるのが面白い訳ですが、今は お客様も役者もしらない。家に火鉢はないし、鉄瓶もない、 江戸のあこがれがなくなってしまうと世話物をみたい気が薄れる。風情を残すには調べたり聞いたりして努力する必要がある。



思い出して書いてみましたが、おおよその感じがお分かり頂けましたでしょうか、大変楽しい一時でした。