2006年5月25日木曜日

長唄「藤娘」

≪文政9年9月、江戸中村座の第二番目狂言「けいせい反魂香」の大切所作事として初演された変化もの。外題を「歌えすがえす余波大津絵」かえすがえすおなごりおおつえ、としたのは、二代関三十郎が、大阪上りの名残の意を含めてある。五変化(藤娘・座頭・天神・奴・船頭)の一つで四代杵屋六三郎の作曲。「けいせい反魂香」の吃又の浮世又平の狂言の趣向を借りて、又平の描いた大津絵が抜け出して踊り出すことに見立てられたもの。従って、大津絵の襖もしくは屏風絵が抜け出す趣向が、本来の型であるが、六代目尾上菊五郎が、昭和12年3月に初演して以来、小村雪岱.と相談して藤の花の精という心で、舞台も、中央の松の古木に、大輪の藤の花が一面に下がった背景を用いたのが、今日に流行している。≫名作歌舞伎全集第十九巻 解説郡司正勝





この説明を読むと今月のように、ども又の後に「藤娘」は格好の取り合わせなのですが、本来の大津絵から抜け出す趣向ではなく、六代目の趣向になっています。舞踊会でもみんなこちらで踊っています。過去二、三回ほど大津絵の屏風のをみたことがあります。



舞台いっぱいに下がった藤の花房をバックに、暗転からいっきに明るくなって、藤の精が現れる演出の素晴らしさには感心致します。



「藤娘」といえば、梅幸を想い出します。明るくておおらかで、可愛い舞姿は忘れられません。歌舞伎座2階に梅幸の「藤娘」の絵があります。そして林嘉吉さんが撮った写真は切手になりました。



唄いだしが、伊十郎のレコードなんかと違っています。参考までに書き出しておきます。



暗転の中から聞こえてきます。「春いつか、暮れて行方は白浪の、立つ風もなきにおの浦、昔ながらに咲く花の、時に近江の松の藤浪」ここで照明が点いて「人目せき笠、塗り笠しゃんと~」と踊ります。



http://pub.idisk-just.com/fview/_i2_KaDN205vKd5JbnRmKQW6LW3ZchfErDa_yVQffS19D0m-lP1IUILRlu4bJMmpCDxXUbIJYpDwGDTW7ilLhw.txt


藤娘の歌詞


若紫に十返りの~の箇所が上記のように変えてあります。


こちらには「潮来出島」の歌詞ものっています。いつか俳優祭の折りに「あやめ浴衣」がでた時に、この潮来が入っていました。