2006年6月14日水曜日

渡辺保の劇評 6月歌舞伎座夜の部

幸四郎の「暗闇の丑松」を見ていて、これは私がこれまで見て来た「暗闇の丑松」という芝居ではないと思った。 むろん私がこれまで見て来た「暗闇の丑松」は長谷川伸の戯曲を六代目菊五郎が演出したものであって、それ以後の松緑勘三郎にしろ、あるいは富十郎、猿之助、菊五郎にしろ六代目演出によっている。なかでは猿之助のそれが変っているといえるが、それでも基本はあくまで六代目である。 ところが今度の幸四郎は、六代目演出の芝居のトーンとは違うのである。どこが違うか。六代目演出は江戸市井の人間をリアルに描いている。そのリアルさが身上である。それがここにはない(2006年6月歌舞伎座夜の部)



これを読むと六代目は演出家としても素晴らしかったのだとつくづく思います。



現在の新作は演出家がいます。座頭が演出も兼ねるという歌舞伎の形態を考えねばいけない時期なのでしょう。家の芸という認識も薄れ、伝承も曖昧になっていく危機を感じざるをえません。