2008年7月18日金曜日

四の切競演 目的と手段 犬丸治

歌昇は別に目新しいことは何もしていない。初役を勤める心得として、中村富十郎指導のもと、音羽屋型と狐言葉を愚直に演じているに過ぎない。宙乗りも、目も覚める欄間抜けも、化かされのスピーディな立回りもない代り、明らかに親狐と仔狐の情愛というドラマが鮮明に浮かび上がる。 先人たちは、ドラマを具象化するために心血を注いで「型」を案出した。逆に言えば、「型」を忠実になぞれば、性根がついて来る。ドラマが「目的」なら、「型」は手段である。(2008年随想・漫筆・余滴)

国立の歌昇、歌舞伎座の海老蔵、二人の四の切を見て、両者の違いを述べています。



単に音羽屋型、おもだか屋型の相違点ではなく演者の役作り、掘り下げ方の域によるものであると指摘されています。



歌昇は実力ある中堅、海老蔵は若手、現段階で平等に評価すると後者は未熟かも知れませんが、今後回を重ねる毎に海老蔵なりの四の切が確立されることと思います。