2010年12月2日木曜日

犬丸治の随談「海老蔵事件 考」

海老蔵は完治しても、しばらくはセリフが一言の四天王か、「申し上げます」の侍辺りで雑巾がけさせるのが筋だろう。あるいは、定後見(じょうごうけん)を復活して、幕溜りで黒衣姿で舞台を凝視させておけ。芸とはそれだけ厳しいものだ。 (2010年「随想・漫筆・余滴」    犬丸治)
毎日ワイドショーを騒がしている海老蔵事件。犬丸氏の見解です。
私は最初は何たること!良い加減に大人になれ!と呆れていました。しかし、今は海老蔵が可哀想でなりません。父團十郎は人間修行がたりない、と言っています。確かにそうです。礼儀、格式を重んじる伝統芸能の社会であまりにも自由すぎます。又舞台のほうでは、梨園の息子でも、いきなり主役はやりません。上記のように四天王とか、ご注進で一言とか、親先輩の舞台をさんざん見てから少しずつワキ役にまわり、殆どセリフが入った頃にようやくシンが務められます。普通はそれなりに中学、高校、大学と段階を経るのですが、海老蔵は一足飛びに社会人にさせられました。彼は熱心ですし、素晴らしい素質を持っていますから、いきなり大役をもらっても出来ます。それ故松竹は三十そこそこで座頭公演を企画して責を負わせます。外国公演も次々に手がけ、世界からも認められます。さぁそうなると自分を見失います。天狗になります。このままでは先に行かれません。人間修行も足りない、役者の初歩が抜けている、こんな小さい不安定な器に身の丈以上の大きなものを背負ったらよろけてしまい、転んでしまいます。今回の事件は正にそういうことだと思います。彼の才能は歌舞伎界にとっても大事な財産です。すぐに復帰せず、中学くらいから基本をきちっと身につけ、十年後二十年後に見事な花を咲かせてほしいです。ここまで追いやった側にも責任はあると思います。金銭的ダメージを第一に考える興行界では難しいことだとは思いますが・・・