2012年3月27日火曜日

人気曲端唄「春雨」のルーツ

端唄「春雨」は丸山生まれ
春雨にしっぽり濡るる鶯の/羽風に匂う梅が香や/花にたわむれしおらしや/小鳥でさえも一筋に/ねぐら定めぬ気は一つ…。
端唄「春雨」は長崎丸山の生まれである。作者は肥前小城の藩士だった柴田花守。弘花3年(1846)、フランスの軍艦3隻が長崎に入港した際、佐賀藩士として長崎警備に来て、 「花月」に遊んだ時この歌を作った。節を付けたのは丸山遊女、「おかつ」といわれるが、はっきりしない。「花月」の庭には小説家で随筆家でもあった平山蘆江が書いた 「はうた春雨まるやま生れ/しかも花月の花の下」という碑文が残り、毎年4月には庭園で「春雨祭り」が行われている。 (宮川密義)(長崎文化ジャンクション 長崎文化百選)
今月夜の部の上方世話物「小さん金五郎」の階段の場で時蔵の小さんと梅玉の金五郎が傘を持って踊るところは、下座の春雨の演奏で踊っていました。お座敷や宴会などでよく踊られる人気曲で、今頃の季節にぴったりの曲です。検索してたら、上記の記事を見つけました。長崎丸山で生まれた曲なのですね。