2012年12月28日金曜日

菊之助の役者のことば 2012年12月

メディアでのインタビューでは、父の解釈を聴くことがございましたが、家では特にこうするからと話はありませんでした。玉三郎のお兄さんに八ッ橋の役を教わり、私なりの八ッ橋を初日に演じるつもりではございました。ですが、女形は立役あってのことです。舞台稽古で、父の縁切り場の解釈、またそれにつなげての殺し場を受けて、私の性根もかたまりました。まず、見染めでは、常にこの狂言では話題になった「笑み」を吉原全盛の花魁のものとして、次郎左衛門とは大きくはかかわらない事。立花屋店先では、江戸の粋をかもしだす事。縁切り場では、この吉原に生きていることの絶望を大きく伝えること。殺し場では、生きていたい、行き続けたいという気持ちと美しく死んでいく型の真実を伝える事。さまざまな課題があり、到底、皆様に伝える事ができたとは思いませんが、そのような事を考えつつ一ヶ月を勤めておりました。(「菊五郎・菊之助 役者のことば」音羽屋 尾上菊五郎/菊之助 オフィシャルサイト)
15役の初役を演じた収穫ある一年を振り返っています。どのお役も真摯に取り組む菊之助には、いつも感心致します。今月の八ツ橋も父菊五郎の演技を受けて役の性根を固めたとあります。オレはこういう解釈でやるからお前はこうせい、なんて事は言わず、打てば響く息子とのやりとりだからこそ、あの緊張感があるのだなと納得しました。最後に歌舞伎のために全身全霊を捧げる。その精神は、亡くなった勘三郞のお兄さんの意志。それを受け継ぎ、毎日を大切に勤めていきます。
と締めくくっています。