2014年12月20日土曜日

上村以和於の劇評 2014年12月  歌舞伎座

「義賢最期」は愛之助が叔父・仁左衛門から継承し既に5演目というにふさわしい確かな手応えを感じさせる。亀三郎の行綱、尾上右近の待宵姫と初役がそろう新鮮さの中にも、梅枝の小万が女武道の男まさりの魅力とけなげさが相まって出色だ。
愛之助はもちろんのこと、亀三郎・右近・梅枝も適材適所好演で良い舞台でした。
6年前の初演以来新たな試みを重ねての5演目だが、横溢(おういつ)する意欲の半面、意余っての破綻も目に付く。それ自体は難ずべきことではないが、試みはもう一倍、深い省察を経た上でのものでありたい。序幕を「仮名手本忠臣蔵」の大序もどきにしたり、「毛抜」の場面の不安定さがその典型例。翻って玉三郎を絶間姫(たえまひめ)に迎えた「鳴神」の安定と充実感が対照的。玉三郎も気迫を見せ、久々にその真骨頂を見る思いがした。一年を締めくくるにふさわしい一場となった。(歌舞伎座12月公演 若さが生み出す期待と不安 :日本経済新聞)
あれこれ試行錯誤して、回を重ねる毎に充実したものになっていくよう、努力が必要ということです。まだまだ未完成でも将来に向かってより良い形にしていけば良いのではないでしょうか。