2016年1月17日日曜日

長谷部浩の劇評 2016年1月 浅草公会堂

松也の父、六代目松助は、菊五郎劇団にとってかけがえのない名脇役だが、芯を取る役者ではなかった。その長男の松也が、こうした大役を次々と勤める姿は、父が存命だったらどれほどの感慨を持たれたろうと思う。こうした例は少なくとも私が歌舞伎を観始めてからは記憶にない。
松助といえば直侍の暗闇の丑松のようなお役が絶品でした。松也は早くに父を亡くし、自分がしっかりしなければ一門が消えてしまうという危機感をもち、なんとか自分の力でやらねばと思いたち「挑む」の自主公演をスタートしました。回を重ねるごとにファンも増え、彼等も成長して現在に至っています。自主公演ではない本興行で芯を勤めることがどんなに大変なことか、松也自身が一番感じていることでしょう。幸い若手の後輩達と切磋琢磨していける場があります。これからの成長を見守りたいと思います。
もうひとり、出色の出来と呼んでいいのは『毛抜』の巳之助。もとより、まだ成長途中ではあるが、團十郎家の粂寺弾正とはまた違ったおおらかさ、のどかな味がある。更に上演を重ねて開花するのを待ちたい。(TheaterGoer Directoy    長谷部浩の劇評)