2016年1月8日金曜日

渡辺保の劇評 2016年1月 演舞場

海老蔵三度目の弁天小僧がいい。  ことに「浜松屋」の後半、男になってからの自由闊達さがよく、今まではナ マだった美しさが、凄味をグッと底に秘めてのびのびとして、芸の輪郭が整っ てきたところが長足の進歩である。  あの女の島田髷に、黒の振袖、それを肌脱ぎにしての緋縮緬の長襦袢、桜の 刺青で大あぐらという、考えてみれば異様とも退廃ともいいようのない姿がピタリと舞台にはまって来たのは、芸が上った証拠である。見ていて私はしばし ば十一代目団十郎の弁天小僧を思い出した。むろんそれは私の単なる感傷にす ぎないが、それだけ海老蔵が十一代目のように格にはまってきたことを示して いる。(2016年1月新橋演舞場
いかにも錦絵から抜きでたような弁天小僧です。