2016年1月7日木曜日

渡辺保の劇評 2016年1月 歌舞伎座

正月の歌舞伎座は昼夜八本立て。その中では「石切」と「直侍」が群を抜い ている。  「石切」は吉右衛門の当り芸であり、再三のものでもあるが、とりわけて今 度の舞台には二つの特徴がある。一つは花道での本舞台の大庭たちとのやりと りから、終始ほのかな笑みをふくんでいること。自然にこぼれる愛嬌が余裕に なって舞台をなごやかに面白くしている。
三千歳は東京初役の、しかもこの名前では最後の舞台になる芝雀。これが上 出来である。父雀右衛門の三千歳は、ときに新派めくほどのリアルさであった が、芝雀には父とは違う孤独な女の影が見える。むろん黙阿弥はこの女の生い 立ちまでは書いていないが、吉原に売られて、恋人とは別れ、丈賀にさびしい から毎晩来てくれと頼む女の虚しさがよく出ている。くどきでうつむいている 女の不幸な翳に他の人の三千歳にはない新鮮な感覚が見えている。  この三千歳と染五郎の直次郎とで、平成の新しい「情話」の世界がひらけて いる。(2016年1月歌舞伎座)
吉右衛門の石切は正に当たり芸です。芝雀としての最後の舞台である三千歳が清元にのって情感豊かな世界を作ります。