2017年3月15日水曜日

中川右介の助六評

まさに舞台にいるだけで、「助六を演じている」のではなく、「助六を生きている」ようだった。それは演劇のあるべき姿とは違っているのかもしれないが、それこそが近代演劇とは異なる次元で成立する、「傾奇者」として始まった歌舞伎の魅力だと思わせる。スター主義の演劇でなければ成り立たないものが、海老蔵の助六にはある。(破天荒さ消えた海老蔵 十八番の「助六」から迫力も消えた | 日刊ゲンダイDIGITAL)
日本一の良い男には違いないのですが、前回より芸が上達した反面、ヤンチャで少年ぽい感じは薄れたかも知れません。

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