2018年6月1日金曜日

上村以和於の随談第607回 麗しの五月に 2018年5月

52年前の初役からずっと見てきて(もちろん、全部を見ているわけではないが)、若い時は若いなりに、壮年の時は壮年なりに、長老となれば長老としてなりに、これほど「弁天小僧」であった弁天役者は他に知らない。10年前の『青砥稿』の通しの時は、弁天と南郷は今度と同じ菊五郎に左團次、赤星の時蔵は健在だが、南郷が三津五郎、駄右衛門が團十郎だったのだからうたた今昔の感を改めて実感せざるを得ない。左團次の南郷も久しいが、團十郎も先の辰之助も、現・楽善の薪水もと、南郷役者には事欠かなかったが、相棒変われど弁天小僧はずっと菊五郎だった。まさしく、遥けくも来つるものかはの思いである。(随談第607回 麗しの五月に | 演劇評論家 上村以和於公式サイト)
国立の通しの時にいっぺんで惚れました。弁天小僧菊之助とは菊之助の為に書かれたものだと感じました。美しい娘からの見顕し、立回りの時は浅葱がよく似合う颯爽とした姿、若き菊之助の魅力いっぱいの舞台でした。年齢を重ねても魅力は変わりません。今回「小耳に聞いたとっつぁんの~」と言ってましたね。じいさんと言っていたときもあります。