2018年8月10日金曜日

長谷部浩の劇評 双蝶会 2018年8月

後半は種之助生来の愛嬌が活きる。親を失い、鼓の皮となった親を慕う気持ちがよく伝わってきた。身体がよく切れるが、これほどの狂言の動きは、なんといっても回数を重ねて身につくものだろう。この困難をものともせず、稽古を重ねて今回の舞台にのぞんでいるのがよくわかった。
「はて心得ぬ」からの見顕し、黒主になるといきなり大きな役者に見える。荒事の筋がいいのは、すでに定評がある。隈取りが似合うのも研究の成果だろう。古怪というのは褒めすぎだと思うが、黒主の心の闇がほのみえるのは藝質がすぐれているからだろう。 児太郎は小町を若さと美しさで乗り切る。さらに墨染になってからは、傾城の手管を見せるときに、ひらめきが感じられる。父福助譲りのあだっぽさも加わってきた。まだまだ、墨染は荷が重いが、将来の充実が期待できる舞台となった。 清新な勉強会を観て、気持ちが晴れやかになった。なによりの公演である。(長谷部浩の劇評  TheaterGoer Directory)
お稽古の積み重ね、日頃の努力の賜物、この時期でしか味わえない清々しい感動の舞台です。