2018年9月8日土曜日

長谷部浩の劇評 2018年9月 歌舞伎座

玄関先となってからは、「こういう訳だ。聞いてくれ」からの名調子を聞かせる。「馬鹿め」の捨て台詞が効くのは、又五郎、吉之丞、そして幸四郎が場の緊張を支えているからだろう。これほどの水準の舞台が、平成の終わりに、まだ、観ることができる幸福を思う。
船が去ってから、吉右衛門の俊寛のひとり芝居となる。前回は、嘆きの深さ、激しさで見せた芝居を淡々たる様子で運んでいく。当代一の名優を観る世転び。花道の浪布、波頭が帰る。盆が回って俊寛は岩にのぼり去って行く船に向かって右の手をのばす。その手が落ちて、岩を押さえる揃った指が白い。圧倒的な孤独が充ちてくる。打っては返す波のように、その孤独に終わりはない。吉右衛門は静かにそう語って、幕となった。(長谷部浩の劇評  TheaterGoer Directory)
平成最後の秀山祭、播磨屋の至芸、お見逃しなく。