2018年12月7日金曜日

渡辺保の劇評 2018年12月 歌舞伎座

壱太郎の七役中一番の出来は、奥女中竹川のおっとりした上品さ。鈴木弥忠 太をやりこめる凛とした意気。この役が一番というところに壱太郎の身上があ る。
収穫は松緑初役の鬼門の喜兵衛。凄味こそ薄いものの、よく利く目でいい、線 の太さといい、押しの強さといい、音羽屋畑にはあまり馴染みのない南北物の 人物造形に成功している。なによりもそのせりふまわしにいつもの癖が少しも 出ずに南北調に近いのがいい。
梅枝の特徴は、三曲とその間のくどきのバランスの良さにある。たと えば琴の途中「重忠耳をそばだて給い」のあとの手事でフッと向うを見る具合 が、そのあとのくどきの「終わりなければ初めもない」という向こうにかかっ た姿によく照合して、今では絶望的になったために無限に続いている恋の思い 出にうまくつながっている。  しかも、三味線になるとほとんど虚無的になり、それがさらに絶望の色濃く、 「お前も無事にとたった一口」という状況になる。指名手配の敗残兵との希望 の持ちようのない恋になり、次の胡弓ではむしろそういう状況からの解放にな る。  こういう阿古屋を私ははじめて見た。それはこの人のバランス感覚のよさの ためだろう。
いつものゆったり した手ぶりのムード舞踊。美しさは限りなく、それを見るだけで十分といえば いえるが、紗幕が飛んで吉原の遠景になっても長唄のテンポがかわっても、そ の手ぶりはかわらず、絵を見る如く、美しいポーズの連続である。(2018年12月歌舞伎座)

玉三郎の舞踊はもはや歌舞伎舞踊ではない。