2019年3月7日木曜日

長谷部浩の劇評 2019年3月 国立小劇場

扇雀は、徳川御三家の格よりは、豊綱卿の隠されてはいるが、真摯な情熱を、歌昇の富森助右衛門の直情と対決させていく道を選んだ。名家の大名だからまたものの助右衛門を呑んでかかるのではない。男と男、武士と武士の対決として成立させる演出はないか。型に陥るのをできるだけ回避し、刻々と変化していく心情を丁寧に描き出そうとしていた。
結論からいうと、これが地に足のついた出来映えであった。まず、出がいい。こうした大役なので、自分を大きく見せようとするそぶりが垣間見えるのが難だが、これも日が経つうちによくなるだろう。なにより出のときの顔が、貫目のある座頭役を勤めるときの菊五郎とそっくりになっていた。五代目、六代目菊五郎が出したから、『積恋雪関扉』を勤める正統性があるのではない。この出の一瞬で、菊之助がすでに座頭の風格を備えたこと。座頭でなければ勤められない役を射程に収めたのだと語っていた。(長谷部浩の劇評  TheaterGoer Directory)
分水嶺という言葉がある。
長谷部氏はこの言葉から、今月の舞台を観ていきます。女形である二人の挑戦、見逃せません。