その中で獅童が今度やっている大事な演出は、義経の手づから鼓を 貰うところである。本文にも義経が「手づから」渡したと書いてあるのに、な ぜか歌舞伎役者は静御前に仲介させる。私は長い間その誤りを指摘してきた。 父義朝と幼くして別れ、兄親とも慕う頼朝に疎まれた義経、一方父母から別れ た狐忠信。同じ不幸な運命を背負った人間と獣。その二者がここで鼓を通して つながるところにこの作品のもっとも大事なモチーフがあり、その鼓を静御前 に仲介するという事はこのモチーフの否定なのである。しかしその重大さを誰 も理解しない。獅童がほとんど初めて鼓を手づから受け取った。その意義は極 めて大きい。かくして彼の狐忠信は古風で、野性的な古風な味を獲得したので ある。(2020年11月歌舞伎座)
歌舞伎座で初めての主役を、獅童は忠信を見事に演じています。