2020年11月8日日曜日

渡辺保の劇評 2020年11月 国立大劇場

 国立劇場十一月の第一部 の「俊寛」である。すなわち纜を取ってしばらく放さない。しかし放さないの は未練からではない。ほとんど無心に纜を持っている。心で断念しながらしば らく何も考えずに持ち続けている。そして何事もなかったように纜をほおる。 そこには何の邪心もなんの想念もない。未練とか「凡夫心」とかを超えている。 むろん単なる空白でもない。それは言葉にこそならないが、実に豊かに観客に 語り掛けてくるものである。なにかの思いではなくて、無心に生きるもの。そ れが無限に溢れてくる。吉右衛門が今到達した芸境である。

弾正に騙されたと知っての怒り、庭先の石を踏み抜いてからもいいが、さら にノリ地になっての後半は、舞台中央合い引きに掛かってほとんど一人芝居。 竹本の「義の一字」の大見得まで、辺りを払う巧さ、面白さである。それから 幕切れの引っ張りの見得まで、前半の世話から見る見る大時代になって行くあ ざやかさは見る者の目を見張らせる。(2020年11月国立劇場)