2021年5月17日月曜日

渡辺保の劇評 2021年5月 三部

 以上三点。形のよさ、中溜め、描写と三拍子揃っている。なかでも私が感動したのは、一つは「恨みかこつも」の手踊り、もう一つは「下はないりの白波の」である。前者はこの曲の性根ともいうべきもっとも大切な、この踊りの基調を決めるところであるが、菊之助はここが巧い。後者は菊之助の祖父梅幸得意のところ。その品位辺りを払うばかりであった。菊之助の巧さは梅幸よりもリアルである。まず舞台下手で谷底を覗き込む。二度似た振りがあって、その二度ともにさながら水飛沫を浴びて立つ女の美しさ。それから手に持った扇で円を描きながら上を見、下を見るのを繰り返しながら上手へ進んで行く。一身にして山頂の上を仰ぎ見てその高さを示し、一転して谷底をのぞき見てその深さを示す。山頂の高さも谷底の深さを描くと同時にそこに立つ女の風になびく髪を見せる。その姿が鮮やかを極めている。(2021年5月歌舞伎座 第三部 – 渡辺保の歌舞伎劇評)